ラッセル・ワトソン in concert 2012
水曜日, 10月 24th, 2012ラッセル・ワトソン in Concert 2012 を堪能した。ラッセルさん、何だか歌が巧くなっていた。声はご承知の通り、神様からの贈り物の素敵な美声に変わりはないのだが、彼も30代後半の年齢にさしかかり、いつもスカッシュで鍛えているという胸板の暑さもまして、その美声はさらに円熟の度合いを増し、上質のワインが熟成したかのようだ。
去年5月のコンサートも観たのだが、東日本震災から2ヶ月ということで、ラッセル自身も被災したばかりの私たち日本の観客にどう接してよいか迷っている、そんな少し遠慮がちの公演だったことを覚えている。
昨夜は、秋のオチャードホール全体にラッセルの高音域が響きわたり、空気が振動し、私の耳の鼓膜に届いて一緒に共鳴し、心の琴線に触れるこの瞬間をまた体験できる喜びを味わった。
人間の声や楽器音には、人の心を癒す成分が含まれていて、そのまじり具合によって、いろんな時々の、いろんな人々の、さまざまな心の有り様を、さまざまに癒す効果が音楽にはあると思う。ラッセルの歌声は、ある時、私の心を癒し、つかみ、放さず、とりこにし、とうとう、初来日のオチャードホールで出待ちをさせ、オリジナル曲を作曲し、自分が携わっている仕事のエンディングテーマ曲の歌唱をして頂く、という大それたことを成し遂げさせる力を持っていたのだ。
デビューのときは端正な顔立ちのイギリス青年、という印象だったが、昨日のステージ上のラッセルさんは、観客に手を降り、楽譜立てに隠れるふりをするなど、少しおどけたりして、明るく陽気なイタリアのおっさん化していたことを最後に付け加えよう。今後も40代〜50代と、ラッセルの歌、表現がどのように変化してゆくのかを期待できる幸せを噛み締めているところです。