名古屋に行ってきました-名古屋城にて石垣を見るの巻

 

 

 

 

 

名古屋城

 

 

 

2週間ほど前のことになりますが、名古屋へ行ってきました。

 

 

フラットアースミーティングという講演会に参加するためです。

 

 

午前中の集合でしたので、前の日から名古屋入りして

 

 

以前から気になっていた名古屋城を訪れました。

 

 

地下鉄の駅を出てすぐのところに名城公園入口があります。

 

 

例によって、You-Tube用の画像を撮影しながら、

 

 

城の入り口(門)まで歩きました。

 

 

名古屋名物の味噌カツなどを出すお店の商店街を抜けて、

 

 

公園に入り、正門まで、結構な距離を歩きます。

 

 

 

石垣

 

 

 

城側から見た門

 

 

 

門の横の石垣

 

 

 

名古屋城は、学生時代に一度訪れたことがあります。

 

 

愛知県の大学に通っていた頃のことです。

 

 

30年以上前のことなので、記憶が定かではありませんが、

 

 

「あぁ、こんな感じのところだったんだ。」

 

 

と少しずつ思い出しました。

 

 

 

門を抜けてしばらく歩くと復元された本丸御殿が

 

 

見えてきます。

 

 

 

本丸御殿(復元)

 

 

 

西南隅櫓 本丸

 

 

ブログを書くのにwikipediaを見ていたら、復元された

 

 

正門の写真がありました。

 

 

 

出典:Wikipedia

正門(復元)

 

 

 

どうやら、私たちが通った門は正門ではなかったようです。

 

 

 

城の周りのお堀

 

 

 

お城の周りのお堀は深く、これだけの石垣を造成するのは

 

 

現代でも大きな工事で、実際に目の前で石垣をみると、

 

 

当時の大名たちがどのように工事をしたのか、謎です。

 

 

もしかしたら今よりも発達した高度な技術が

 

 

あったのかも、という

 

 

マッドフラッドの考察に辿り着きます。

 

 

名古屋城の起源は、織田信長に敗れた今川義元が建造した

 

 

城が起源です。

 

 

これには驚きました。

 

 

湯島大聖堂の動画で、なぜ2000人の軍、織田信長が、

 

 

2万5000人もの大群を率いた今川軍を破ったのか、

 

 

一つの可能性を紹介したところでした。

 

 

今川義元は、尾張に勢力を拡大するため名古屋城を

 

 

建設したのですが、織田信長に負けたことによって、

 

 

のちに家康に奪われることになるのです。

 

 

いやはや、色々と調べると様々なことがわかって

 

 

歴史探訪が楽しくなってきます。

 

 

 

道案内図

 

 

 

とても良いお天気に恵まれたこの日は、休日ということもあり、

 

 

公園の敷地内で、時代劇が上映されていました。

 

 

 

演目の出演者

 

 

 

名古屋城編の動画の編集を始めました。

 

 

できあがりましたら、当欄にてご紹介いたします。

 

 

 

それでは今日は、この辺で。

 

 

いつもお読みいただきまして、

 

 

どうもありがとうございます。

 

 

 

 

 

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